「生きていてもちっとも面白くない。」
これは去年みたNHKスペシャル「ある、ひきこもりの死 扉の向こうの家族」の中で取り上げられていた故牧岡さんの言葉であるんだけどね。この言葉って私の中で凄く頭に残っていてさ。いろんな言葉、いろんな出来事がニュースなどで流れてくるわけだけど。。。普通、私なんかは一ヶ月もすればすっかり忘れる。でも、この言葉だけは今も頭の中でリフレインしているんだ。
「生きていてもちっとも面白くない。」
そう。たまに呟いてしまう。四六時中ってわけではないんだけど、無気力になり、ぼーっとしている時などに特に多めにつぶやいてしまうんだ。
私は自分の寿命は自分で決めたらいいと思っている人です。自死に関して発言すると否定にかかる人が出てくるので極力言わないようにはしているんだけどさ。たしかに突発的な自死は、鬱やったりノイローゼからだったりするので一度冷静になった方がいいと思うけど計画的に自死に向かっている人を止めるのはよくないと思う。
ほんと無責任極まりないよなって思います。
死生観を考えたほうがいい
再度、「ある、ひきこもりの死」のことに戻るけど、やっぱ何故、彼は死ななければいけなかったのか?とかナレーションで言っとるわけだけど、知らんがな。ゆっくりさせたれよって思いしかない。なにか出来ることがなかったのか?という後悔が・・・みたいな。。。後悔なんてしなくていいよ。今まで頑張ったねでいいじゃんかね。
生きることじたいが苦行となりだしたらゆっくりするのも手だと思うんよ。苦行を耐え続けても何ももらえないからね。
「生きていてもちっとも面白くない。」
ほんとそれが答えだよ。
自分も「生きていてもちっとも面白くない。」という思いに支配された時には同じように決断すると思う。長生きなんかしたくない。自分の寿命はこのへんだろうなってこの年令になるとある程度は決めることが出来るしね。このブログのタイトルの副題に「貯金を切り崩しながらどこまで生きれるか的な日記」と書いているけど。。。。寿命を決めているのでお金の心配は全くしてない。普通に余るんじゃないかな?とさえ思っていたりします。
特に最近、昔のことを回想することがあるんよね。走馬灯のように。。。もしかしたら近い将来死ぬのかな?なんて思ったりするんだけどさ。あの時ああすればよかった。こうすればよかったとか。。。。よく思い返したりするんだよなあ。なんだろなこれ?この三ヶ月不思議な感覚に陥ってたりする。変な感じだ。