40代独身無職の末路

親の介護で働けない45歳独身無職。お金をかけずに行きていくしか方法がないので月10万円を目安に年間100万円貧乏生活をしております。

自分の歩んできた道を振り返る【ひきこもり時代に自己分析】

 ひきこもり・ニートが幸せになるたった一つの方法

 

ただいま、家を離れています。

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私がブログを書く理由。

もう少しだけ待ってください。近づいてきました。仕事を退職して家にひきこもります。親には資格の勉強をすると言って、でもそんなの方便です。社会に戻るのが怖かったんです。何もしたくなかったんです。三年間働いた貯金がありましたしね。このひきこもり時期に自分のこれまでの人生を分析しました。

 

今まで書いてきたようなことです。

普通の人は学生生活時に人との会話やコミュニケーションのスキル、人との接し方などのスキルを会得していたわけです。私は集団生活で必要なスキルを伸ばそうとはしませんでした。その結果がこのざまです。

 

人と話せない。友達もいない。家族とさえそんなに会話ができない。世間話すら出来ません。何の趣味もないので話題もない。だからといって自分一人で何か出来るか?といえば何もできません。一人では何も出来ない人間なのです。羞恥心もあってバカにもなれませんし、冒険も出来ません。

 

自分一人では何も出来ない人間になってしまっていたのです。

 

このひきこもってた時期は26歳くらいだったと思うのですが、この時まで、ファミレスに行った事ありませんでした。小さい時に親と行ったことはありますよ。でも16歳以降で行ったことなかったんです。一人でいけませんから。。。。喫茶店もないです。かろうじて吉野家、マクドくらいはあったかな。

 

映画館も小さいころに親とドラえもんを観にいったっきり。カラオケもない。ボーリングもない。ゲーセンもない。CDやビデオレンタルもしたことない。音楽も興味ないのでほとんど知りません。

 

旅行だって西は小学校の修学旅行の広島、東は中学、高校の修学旅行の長野まで。というかこれ以外で近畿から出たことない。今考えると修学旅行以外だと東は京都河原町、西は六甲くらいだったと思う。

 

もちろん海水浴もいくことないし、スキーもない。

 

一人でそんなのいくことない。

 

ほんと何も出来ない人間だったのです。

 

経験値が低すぎますよね。

 

ほんと何も出来ない人間。

 

怖くて何一つ自分で出来ない人間。

 

学生の時は、学校と家の往復でした。会社員時代は、職場と家の往復でした。それ以外には何もなかったです。休みの日に何かあったわけではないです。ずっと家にいました。でも学生の時は学生という身分があり、会社員時代は会社員という身分があったんです。一応、自分がいる場所があったんですよね。

 

社会との接点があったんですよ。でもそれがなくなって無職になってひきこもってしまうと社会との接点が何もなくなってしまいます。元々プライベートがゼロなんだから無職になったら何もなくなるんですよ。

 

自分は誰にも繋がっていなく何者でもなく、そして自分から何かするわけでもなくそんな存在。それが私なのです。このまま生きる価値あるのかなって。生きる意味あるのかなって。そんなことを考えていました。 あれ?長くなっていますけど、まだ続きます。

 

自分の歩んできた道を振り返る その6につづく。

neet3.hatenablog.jp

団塊ジュニアで就職氷河期世代の40代、今はぎりぎりアラフォーだけどもうすぐアラフィフ。友達もいなくて孤独でひとりぼっち。お金もないのにひきこもっていたら家を追い出されて一人暮らしをはじめる。投資家をめざすが株とFXで大負けして借金を背負う。もう疲れたよ。貯金なしから就職するが社会に適応できずにバックレる。その後もアルバイトで食いつなぎついには無職になる。孤独。貧乏くじ。毎日、不安と落ち込みが激しいです。苦しい怖い悩みはつきないけど生きていかなければいけない。貧困だけど働きたくもない。お金もないし43歳のときに父親が認知症になり介護が必要になる。未婚で貧困さらにニート。社会のゴミと化しています。モテないし人生うまくいかない。毎日、不安で不安でしかたがない。