進撃の無職

親の介護で働けない44歳独身無職。 貧乏にもめげずに年間100万円生活を大阪と和歌山でしています。



自分の歩んできた道を振り返る【ダメ正社員時代】

私の彼は仕事ができない 2 (ゼノンコミックス)

 

正社員9ヶ月

無職半年

正社員1年10ヶ月

そして・・・・引き篭もりがひとり誕生した。

 

 

働くことが大変なことだと働き始めて初めて知りました。小さい頃から父親が朝から晩まで働いていましたが凄いことだったんですよね。

 

自分が働いてみて初めて知りました。

 

子供の頃に自分の周りで転職なんかする人なんていなかったしひとつの仕事をずっとしている人ばっかりでした。もしかしたら私が知らないだけでいたのかもしれないんだけど。。。

 

働き始めて無能の烙印を押されて、職場にうまく溶け込めなくて自分は社会ではやっていけない人間なんだってこの三年間で理解しました。父や母は凄かった。学生の時はそんなこと思ったことなかったのに働き始めて私の両親感が180度変りました。

 

今思えば勤労というものを舐めてた。

学生の頃にバイトをしていたらもう少し順応出来ていたかもしれない。何をやっても怒られるし失敗する。賃金分の仕事をしていない事も理解していた。毎日の労働に忙殺されて休日は体を休めるだけになった。実家が田舎なので通勤時間が往復で3時間はかかってるのもあった。体がついていかない。先が見えない。仕事が出来るようになるとも思えない。

 

自分は出来ない人間。無能な人間。

 

人と会話をすることも出来ないし、そして孤立した。

 

学生の時なら孤立しても平気だったんだけど。

 

職場では孤立すると即、死を意味する。

 

2つ目の会社で1年10ヶ月目に上司に肩たたきにあう。

言われた言葉が「仕事が出来る人間ならコミュニケーションが下手でも自力でなんとかやっていける。仕事が苦手でもコミュニケーションがとれるなら誰かに教えてもらったりフォローしてくれるだろう。でもお前は仕事も出来ないしコミュニケーションもとれない。逆に職場の雰囲気が悪くしている。うちの会社にはいらない。」

 

薄々は気がついていたんだ。でもそういう問題から目をそむけていたんだ。だって私っておかしいもん。普通じゃなかったんだもん。

 

人と会話出来ない。世間話が出来ない。仕事が出来ない。ミスをする。分かってたさ。この言葉で自分は社会では通用しないんだって理解した。そして会社に退職願いを出して家にひきこもった。2000年の春

 

自分の歩んできた道を振り返る その5につづく。

neet3.hatenablog.jp

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