進撃の無職

働きたくない!44歳独身無職の一人暮らし。 貧乏にもめげずに気楽に年間100万円生活を大阪でしています。気楽に生きよ。相談のるよ。(*^^*)



寝たきりの父親の見舞いにいってきました。【特浴】【親の介護日記72】

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今日、父親の見舞いに行ってきました。

 

病院の支払いに行かなくちゃいけなかったのでそのついでに父親の見舞いに行ったんですね。そしたらちょうどお風呂に入るとのことで10分だけ面会となったのです。なんだろな。父親のその光景を見ていると、ぶざまだなって思ったんよね。

 

特浴って看護師か介護士か分からんような人に言われたんですよ。特浴。ベットのまま連れていって二人介助で風呂に入れるんでしょう。自分も寝たきりの人を同じように風呂に入れていたからさ、もうどうやって風呂に入れるのか想像出来るんよね。

 

私はこんな状態だったら死んだほうがましだって思いました。体動かなくて食事はしているので腕は動くのかな。座位も微妙な感じで。。。

 

 ・ω・

うちの家系ってこのけがあってさ。お父さんのお父さん(お爺さん)もそのお母さん(ひいおばあさん)も何かしらの病気になってるんよね。ひいおばあさんがそうなって寝たきりになった時にお爺さんが「業が深いからこんな風になったんや」って元気な時は言ってたらしいんよ。そのひいおばあさんはそうなって2年くらいで死んでさ。お爺さんは麻痺と言語障害になって20年生きたからさ。お前の方がもっと酷いことになってるやん!ってお婆さんなんか言ってたんだけどさ。

 

それでもお爺さんは、麻痺があって言語障害やったんやけど、オムツもしてなかったし普通にパンツやったと思うんよ。トイレは誘導してお風呂は洗ってあげていたと思うけど、ご飯は時間はかかっていたけどスプーンにお婆さんがのせてあげて食べていた。朝は、朝の連ドラ見ながら朝食を食べて、テレビも相撲、野球とか、甲子園がある時はずっと高校野球を見てたと思う。理解しているかどうかわからんけど。。。

 

朝食食べたあとは家の中をウロウロして窓の外を眺めたりしていたかな。昼ごはん食べたあとにお昼寝して夕方はお婆さんと一緒に散歩してた。それも1キロとかかなり歩いていたと思う。杖とか補助器具は使っていなくて手を後ろで組んで散歩してたんよね。足腰はしっかりしていた。

 

20年もお婆さんが介護していたので大変やったなって思い込んでいたんだけど、そこまで大変じゃなかったのかもしれん。身体介護ってより家事援助とかちょっとした補助とかだったのかもしれん。

 

それと比べると今の父親は完全に寝たきりやからさ。病気と言われたら病気なんだけど。なんかね。ほんとああはなりたくないなって思う。まあ、こういう家系なので私も妹もきっとなるんだろう。でもどういう扱いになっても文句はない。というかこうなる前に死にたいね。

 

neet3.hatenablog.jp

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