進撃の無職

親の介護で働けない44歳独身無職。 貧乏にもめげずに年間100万円生活を大阪と和歌山でしています。



自分の歩んできた道を振り返る【幼少時代】

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私はweb上で自分の日記を2001年から書き始めました。

途中で親バレした為に日記からブログに移って日々の事をかれこれ17年くらい書き続けています。何故?私がブログを書き続けているのかの理由を今回は書こうと思ったのですが、その前に書かなければいけない事があります。自分のこれまでのことを振りかえる作業です。長くなると思いますが。。。お付き合いください。

 

振り返ることによって、どうして私がこんな風な人間になってしまったのか?という問題が浮き上がってくると思うので、今回はそのことについて書いていこうと思います。 

  

私は小さい頃から体が貧弱で内向的な子供でした。 内気で人見知りが激しく集団生活に適応できない子供、典型的ないじめられっ子体質っていうんですかね。

 

でも奇跡的にいじめられた事はないんです。友達関係はどうだったんだろう?小学校の頃は、グループの端にちょこんと加わってる程度の影の薄い存在でしたね。両親はのちに私を手のかからない子供だったと言っていました。

 

逆に妹は手のかかる子。私の経験上、長男、長女ってダメ人間になる可能性が高いように思うんだけど。。。お兄ちゃんなんだからとか、小学生にあがったんだからとか、高学年なんだからとか、中学生になったんだからとか。。。。

 

そういう言葉あるじゃないですか。私は忠実に守っていたように思う。お兄ちゃんなんだからわがまま言っちゃいけないみたいなね。自分自身で自我を縛り付けていたと思うんですよね。今の私からしたら中学生だったとしても子供ですよね。

 

子供なんだからあの時、好きなこと好きな振る舞いをすればよかったんですよ。そんなもの子供なんだからで、すまされていたんだからさ。そういうふるまいをしないまま大きくなると何も出来ない人間になる。私のように。。。。

 

自分の意見を言えない。

 

例えば学校で先生が質問したとしてその答えが分かっていたとしても手を上げることが出来なかった。人前で何かモノを言うのが出来なかった。もし間違っていたら。。。。失敗を極度に恐れるような子供だった。

 

恥ずかしい行為が出来ない。子供なんだからバカなことをしてもいい存在なのにそれが出来ない。そんな子供でした。

 

友達関係は、その時は普通だと思っていた。

 

でも普通の人は学生生活でコミュニケーションとかを学んでいたりしたんでしょうね私はそういうことをしなかった。金魚のフンのように人についていくだけそれだけの存在でしかなかった。

 

【中学生時代】

 

中学生時代が私のピークだったと思う。

学校に行って、部活して、塾に行ってそうやって三年間が過ぎていきました。平日は、授業があって終わったら部活して家に帰ってから塾に行ってその繰り返し。日曜日も部活があったり、夏休みなどもそこそこ部活があったりした。勉強もそんなに頑張ってなかったけどそこそこ出来ていたしね。

 

充実していたとは言わないけどこれが普通だと思って過ごしていた。でも今、振り返ってみると頑張ってたな自分って改めて思う。こんなに三年間という月日を毎日いろいろな事をした事なんてこれ以降はないんだからさ。

 

友達関係的に言うとちょっと自分はおかしいと異変に気づく。でも当時はそこまで深刻には考えていなかったんよね。

自分の歩んできた道を振り返る その2につづく。

 

neet3.hatenablog.jp

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