進撃の無職〜貯金が尽きるまで貧乏セミリタイア!〜

一人暮らし43歳の高卒底辺無職男。 貧困にもめげずにテキトーに年間100万円生活を大阪でしています。



自ら何もしなければ人は、ただ年をとった子供でしかないということ

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http://blog-imgs-29-origin.fc2.com/d/a/m/dameotoko/20070112023548.htm

 

これは「きっとすべてがうまくいく」の1シーンで10年以上前にネットで出回った画像だ。私も今から10年以上前の30代前半だった頃に知ったと思うし当時のブログにも紹介しつつ思いを書いたように思う。

 

まだまだ先の話だったのだけども、いずれ自分もこういう風になるだろうと想像は出来た。こうならないようになんて思いはなかった。たぶんなるだろう。この画像を見た瞬間にぞっとしたことを覚えている。このままだと確実にこうなる。ならないわけがない。そして気付いたら現在43歳になっていて40歳をとうに過ぎてしまっていた。

 

最強伝説黒沢を読んでた時もそうだった。自分の未来の姿だ。。。そう思って連載を読んでいて完結して再連載となる頃には私は40代になっていたんよね。気付いたらバカボンのパパの年齢も超えてるし。。。。で、あの頃、想像したとおりのあわれな姿になっているんよね。

 

今回、なぜこの画像を思い出したかというと先日、マスヤゲストハウスに行った事がきっかけなんだ。

 

neet3.hatenablog.jp

 

マスやゲストハウスとは、長野県の下諏訪にある交流型ゲストハウスでいろんな人がそこに宿泊して交流するみたいなコンセプトの場所で私は一日だけ宿泊したんですよね。最初は若い人ばっかりなのかなと思っていたんだけど、その夜は40代の男性が中心に卓を囲んでいたんよ。年齢層高めな感じで。

 

若い頃の話とか音楽の話とか仕事の話とかざっといろんな話をしていたわけやけど。。。正直、私は何も話すことが出来ないのよね。あまりにも周りと違いすぎてさ。学生の頃は友達もいなくて一人でそれでいて趣味もないし、ほんとぺらっぺらの人生を歩んできてしまったから。。。

 

普通は40歳の成人男性なら若い頃は青春を謳歌しつつ社会に出て経験値を積み重ねて重厚な感じっていうんですか。経験があって知識もあっていろんな話も出来てみたいな。そういう人らが集まれば話の花が咲いていく。。。意気投合するっていうんですかね。

 

その会話をただ黙ってみている私みたいなw

 

経験をいっぱい積み重ねた人と中身カラッカラの人間が同じ卓で話すなんてかなり厳しいことだと思うんよ。

 

 ・ω・

よく男性は40代からなんて言う人いるけど、それはいろんな経験を積み重ねた男性に限っての話なんよね。若い頃に種をまいて40歳を超えて刈り入れ時とか収穫時とかってさ。でもなんもなしてこなかった40歳超えの男なんてほんとなんもないんよ。ただのみすぼらしい見た目で中身は子供な中年男性でしかない。

 

スライムしか倒せないのに逃げまくってゲーム中盤までなぜかたどり着いてしまって身動き出来ない感じに似ている。ほんと自ら何もしなければ。。。人は、ただ歳をとった子供でしかないっていうこと。。。そしてもう自分は何かをするにはもう歳をとりすぎてしまってたということなんて言葉は今の私のまんまですよ。

 

私はほんとなんだろう?って再度思うことになったんよ。自分を知ってくれている人なら、まあそこそこしゃべれるんよ。相手が私に興味があるわけだから。。。でもそうじゃないとかなり厳しい結果になる。コミュ障やしさ。

 

ぺらっぺらだということをどうしても再認識して凹むことになるのでそういう場には行かない方がいいのかなぁ。どうなんだろう?全くゼロになるって感じではなく少しはそういう場にいくのもありってスタンスでいいのかなあ。ちょっと考え中です。

 

なにが言いたいかというと特に結論はないんだけど。若い人はこんな風にならんときなってことです。

そんなとこ。

ほな!

 

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