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進撃の無職〜貯金が尽きるまでセミリタイア!〜

42歳一人暮らしの独男。働きたくないでござる。いきつくとこまでいくでござるよ。



40歳を超えてるのに無職で両親には申し訳ないと思っている。その2

思考 思考-自分のこと

トーキョー無職日記

 

母親も私が小さい頃は内職をしていた。
中学生にあがると近くの電気屋さんで準社員として働いていた。
高校生になるとマネキン(服売ったりする人:契約社員)として働いていた。

マネキン時代なんてよく考えたら休みが週一やったような気がする。
なので月25日は出勤はしていたと思うんだよね。デパートは火曜日休みやった。
今考えると母親も凄いよ。こんなこと何年してた?6~7年やってたように思う。

 

 

母親は毎日のようにノルマに頭を悩ませてはいたけれど、仕事が出来る人だったみたいです。会社からいろいろな仕事が舞い込んできていたようなんですよね。
シングルマザーの人とか絶対にお金を稼がなきゃいけない人達を差し置いて母親に一番最初に仕事がまわってきたりとかさ。そういうのがしょちゅうありましたから、その人材派遣会社からはかなりの戦力として見られていたんだと思います。

私の両親は二人とも仕事が出来る人だったように思います。
それでいて二人とも働き者です。愚痴は言っていたかもしれないけど。。。
それでもちゃんと働いていいたからねえ。
ほんと凄いと思います。
尊敬!うん。尊敬しています。
私にはあんな風には絶対になれないから。。。
私はもう42歳だ。
父親が42歳の時は私は21歳でとっくに高校を卒業していた。
そうです。私は20歳の子供をもつ年齢になってしまっているんですよね。
あの頃の父親は立派だった。何でも出来る父親だったから。。。
それに引き換え。。。今の私は?
何も出来ない。
一人では何も出来ない。
充分、大人な年齢なのに。
もう42歳にもなっているのにね。
何一つ一人では満足に出来ない!
そんな腐った野郎なんだよ!

ほんとこういう事を考えると。。。
両親に「生まれてきてごめんなさい」としか言えない。
こんなどうしようもない人間に育ってしまってさ。
お父さんお母さんごめんなさいと。

私がこの世に誕生した時の体重は4000g以上あったらしいです。
子供の頃、いつも親に言われました。
「大きく生んだのにこんなに貧弱に育ってしまって」ってさ。
4000gの赤ちゃんって。。。ほんとに大きいですよね。
私の出産予定日は12月だったんですよ。
日にちは忘れてしまいましたが。12月の26日とかそのへんだったと思う。
で、僕が生まれたのが1月12日。
出産予定日より二週間くらい遅れてしまったんですよね。
というか。。。もう少し出産が遅れていたら死んでいたらしいです。
凄い難産だったようなんですよね。
本当、あの時死んでいたらよかったのにぃって何度思ったことか。
そうすれば誰も傷つかずにそして私も私の両親も苦しまずにすんだのにさ。
ほんと。。心の底からそう思うよ。

生まれてきて本当にごめんなさい。