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進撃の無職〜貯金が尽きるまで貧乏セミリタイア!〜

一人暮らし43歳の高卒底辺無職男。ミニマリストを目指すがまだシンプルライフ! 貧困にもめげずにテキトーに年間100万円生活を大阪でしています。



40歳を超えてるのに無職で両親には申し訳ないと思っている。

ひきこもりニート歴三十年 職歴なし 僕より酷いニートはいない それでも僕は生きている

 

さきほどyoutubeで「急増!中高年ニート」の動画を見ました。


なんというかこういうのだけには自分はなりたくないなって思うんですよね。
両親にたかるって事だけはさ。
もしかしたら近い将来、こうなってしまう可能性もあるんだけどさ。
でも。。。自分はやっぱり嫌かな。
こうなるくらいなら死を選ぶと思います。

 

 

中高生の時に同じ年齢の奴がさ。
プロフィール欄のところの尊敬する人って欄にね。
『両親』なんて書いている奴を見ると。。。
こいつ頭おかしいんじゃないの?って当時は思っていたんよ。
高校野球児とかのプロフィール欄にもそういうのが載っていたりすると。
両親を尊敬だと?いいかっこするなよな!って思ったりしていました。

でも、社会に出て自分が社会不適合者の烙印を押されてさ。
社会では通用しないと悟った時に。。。
こういった考えを改める事になったんだよね。
うん。。。両親ってやっぱり偉大だって理解したんよ。
社会に出てから僕も尊敬する人は両親だと胸をはって言えます。
感謝してもしたりないくらいです。
あんたら。。。本当に凄いよ。
僕には到底マネが出来ない。。。

うちの父親は高卒です。
そんでもって中小企業の営業でした。
なのでうちの家はそんなに裕福ではありませんでした。
まぁ。。。そこそこ貧乏だったと思います。

私の父親は、私が小さい時は本職とは別に土日にうどん屋さんでバイトしていました。
幼稚園の頃に私も何度か連れてってもらったのでその記憶はあるんだ。
私が小学校~高校生の頃は父親はスナックで働いていた。
まぁ。お酒作ったりちょっとしたもの作ったりそんな仕事。
本職が終わってから働きにいって午前2時くらいまで働いていたようだ。
帰宅はいつも午前3時過ぎていた。そんでもって午前7時には出勤していたんだよね。あの頃は。。。父親のそういった生活ってのが当たり前だと思っていて、なんとも思わなかったんだけどさ。
今、考えたら凄いよね。何時間働いているねんみたいなさ。
休み。。。ほとんどなかったみたいだもんなぁ。
僕には出来ない。。。そんな働きづめなんてさ。
ほんと頭が下がりますよ。
・ω・
ちょっとした父親のバイトのエピソードを私が25歳くらいの時に教えてもらったんだけどね。昔、父親がその時代に流行っていたポーカー賭博のボーイのバイトをしていたらしいんです。そのバイトは日給が凄くよくてやっていたらしいんですがね。
父親の出勤日が月水金でして。
この賭博場に2度、警察の手入れがあったそうです。この手入れが偶然にも火曜と木曜にあったらしいのです。もしあの時、運が悪く警察に捕まっていたら当然、今の会社はクビですし。。。人生終わっていたよなぁ。。。と父親が遠い目をしながら言っていました。なんか自分が知らないだけで父親はいろいろな仕事をして私らを育ててくれていたんですね。なんかそう考えると辛くなってくるなぁ。

つづく。。。

 

neet3.hatenablog.jp

 

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