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進撃の無職〜貯金が尽きるまで貧乏セミリタイア!〜

一人暮らし43歳の高卒底辺無職男。ミニマリストを目指すがまだシンプルライフ! 貧困にもめげずにテキトーに年間100万円生活を大阪でしています。



自分の歩んできた道を振り返る【ひきこもり脱出・ショック療法】

「ひきこもり」救出マニュアル

 

2000年にひきこもりしだし、2001年の春を迎えようとしていた。

貯金も尽きつつあったしさすがに一年以上は無職でいる事は許されない状況になっていた。それは自分自身でも理解してたので春が近づくにつれ焦りが日に日に強くなっていったように思う。

何かしないとダメだ。このままだとダメだ。

でも今の状態で働くなんて到底考えられない。

この状態で就職出来たとしても長くは絶対に続かない。

何かしなきゃ。

 

 

貯金が20万を切り出した。

5月でちょうどひきこもり1周年をむかえる。

そこがタイムリミットだ。

あと2ヶ月くらいで抜けださなければ。。。

そうだ!オフ会に行こう!という事になった。

この一年間、人と会話というものをしていなかったので昔から気になっていたオフ会なるものに参加して自分と同じような状況にある人と話したら何か変わるかも?自分の中でひとつ殻が破ることが出来るかも?と思いでいた。ショック療法ってやつ。

いろいろとその時期に開催されているオフ会募集を片っ端から調べてみた。

でも対人恐怖にもかかわらず40人のオフ会開催とかあったけど。。。

こわいこわい。人とまともに話せないのにそんなの正気の沙汰じゃないわ。

 

という事でひとつだけ気になったオフ会が見つかる。

ぱぴさんのサイトのオフ会。

なんか凄いひきこもりの人がいて35歳くらいで重度のひきこもりの人が一ヶ月前くらいにそのサイトのオフ会に参加していてさ。

その人はweb日記も書いていてそれを読んでみると凄い重度って分かるような内容だったのよ。

この人がいけるんなら私もいけるかなと思って参加してみた。

最初は凄い緊張してたし参加メールを送るのも締め切りギリギリになるまで悩んで出そうかなやめようかなって事を繰り返していたのを覚えている。

締め切りギリギリになって出さなきゃ始まらないから勇気を振り絞ってエイヤーって清水の舞台から飛び降りる気持ちで参加者メールを出した。

 

場所はある駅前。

その待ち合わせ場所にいくと誰もいなかった。

電話してみると寝てたとのこと、今から行きますわと言われて待つこと10分くらいで自分より若い男の子がやってきた。

私より3つ下でHNは脱ダメ人間さん。そして車の助手席に乗って。。。なんだこれ?参加者は、サイトの管理人さん、キャストさん、脱さんと私の四人だった。オフ会は昨晩からカラオケオールしてて朝方にさっきまで寝てて私の電話で起きたとのこと。

最初からなにがなんだか分からない状態。

・ω・

とりあえず最初は喫茶店みたいなところで4人でお話したような気がする。

自分の話をしたのかどうか忘れたけど、まあ、自分にとっては心地よかったんだと思う。

だからこの後も何度もここのオフ会に参加したんだろうね。

社会生活で生きづらくてうまくいかない人が大半のような感じ。

この時期はニートって言葉がなかったけど、ひきこもりっていうよりニートに近い状態の人が多かったですかね。

ニートは働く気がない人っていう意味で、働きたい気持ちはあるけど働けないって人が多かったと思うので厳密にいうとニートではなかったんだけどね。

 

あとこのオフ会で、管理人のぱぴさんからweb日記を書いてみませんか?と誘われる。このサイトは、掲示板とかと別にいろんな人の日記が読めるってのがコンテンツとしてあって、まあ勧誘されたって感じでしょうか。

最初は、日記なんて私も書いたことないし昔から文章を書くの苦手だし国語苦手だし無理やろと思って断っていたんだけど。

まあ、書いてくださいよって言われて、続かないと思うけどって事で書き始めたのが2001年4月頃。

さるさる日記で日記を書き始めて途中でえんぴつ日記に移ってその後にライブドアブログに移動する。

2001年からだから日記を書き始めてもう16年目に突入しているんですよね。

最初の何年かはアクセス数は毎日30くらいでしたよ。

5年くらいはアクセス数も100もなかったと思う。

それでも書き続けてたってことはその当時は書く事が楽しかったんだと思うんですよね。書いてそれに対して反応してコメントがついてくれる。

それだけで楽しかったと思うんですよ。

 

neet3.hatenablog.jp

 

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